藤堂
新卒で入った職場で働いて7〜8年後。わたしの卒業した大学の後輩にあたる男性が入社してきた。それが藤堂であった。
もちろん年が離れていてわたしはそいつを知らなかったのだが、高身長でルックスは悪くはなかった。が、なんというか、あまり冴えない印象ではあった。
いわゆる無名大学なので、決して頭の良い人材ではなさそうだったし、なによりコネ入社だったので皆はっきり言って期待はしていなかった。(ちなみにこいつの父親は経営者であった)
入社前の研修(のようなもの)に「卒業旅行から昨日帰宅して体調崩したから今日は行けません」と言って上司を就職前から呆れさせていたらしい。
仕事が始まると、案の定そいつは全く仕事が出来ないくせに口だけはたつので、仕事以外の人間関係はまあまあ良かったように見えた。
だが、一緒に組んで仕事をしていた女性からは早い段階で嫌われていた。
周りで見ている分には調子のいい奴だけで済む所だが、直接業務に関わると言われたことを満足に出来ないわ言い訳するわで大変だったらしい。
一度仕事のあと、同期の子と一緒に入ったファミレスでこいつと会い、3人で食事をすることになったことがあった(藤堂はその時一人で来ていた)。
そいつの話は面白く、普通に生活しててなんでこいつのまわりにこんな面白い奴か集まるんだよと思うような話を沢山聞き、同期の子と爆笑しながら2時間くらい楽しい時間を過ごした。
しかしそいつの話の殆どが2ちゃんねるのパクリだったと数年後に知りゾッとした。
今から15年近く前の話、当然スマホなど無くPCが自由に使える環境でなければ2ちゃんなど身近な存在ではなかったのだ(わたしのいた環境では特に)。
だってあたかも自分のことのように話すんだよ?2ちゃんネタを。怖
だがそれを知る前は、別に藤堂のことを悪く思ってはいなかった。仕事が出来ない人の気持ちはわたしもよくわかっていたからかもしれない。
そんなある日。
先輩方が、今日今から飲みに行くけどどう?と誘ってくれて、平日だったが女性ばかり10人近くで飲みに行くことになった。
割合でいうと、わたしの一個上の先輩が3人、2個上が一人、同期が3人、わたしの一個下が2人とかだったと思う。
そこに誰かが声をかけたのか、藤堂も来ることになった。
紅一点ならぬ黒一点の藤堂はここぞとばかりに面白トークを披露し飲み会を盛り上げていた。
綺麗どころに囲まれて(わたし以外)、かなり調子に乗っていたんだろう。
わたしも含めみんなそれなりに楽しんでいたのだが、しばらくして一個上の先輩(実は職場のボスの娘)と藤堂がなにやらイチャつき始めていたのを目撃した。というか、結構堂々とイチャついていた。
「これ藤堂がくれたんだよね〜」
と甘えた声で小さなメモを見せてくる先輩を「ちょっと恥ずかしいじゃないですかぁ〜」と言いつつニヤニヤしながら見守る藤堂。
そのメモには
「〇〇(先輩の名前)、お疲れ様!今日も一日、笑顔で頑張ってたね。ずっと見てたよ!でも無理だけはしないでね。僕も〇〇の笑顔を見て癒されてるんだからさ!」
みたいなことが書いてあった。
わたしはドン引きした。
藤堂とボスの娘である先輩は8歳違う(もちろん藤堂が下)。親が同業の経営者ということもあり、うまくいけばまあめでたい話ではあるんだろうけど、それにはあまりにも藤堂がポンコツすぎる(ボス娘は美人で仕事はできるタイプだったのだ)。
わたしが例のごとく無言のまま感情の全てを表情に流出し続けていると、「江口さん〜これ冗談ですからね〜」とやはりニヤニヤしながら突っ込んできた藤堂。「でもこれ、冗談でも捨てられな〜い」と言う先輩…
なんだこの状況。
ほほう、さてはわたしをプレイの一部にしてやがるな?
イチャついてるところを見せつけて盛り上がってるんだよな?あ?どうなんだよテメェ。
と心の中で悪態をつきつつ、飲み会はお開きになった。
帰宅してしばらくすると、何故か藤堂から電話があった。
「江口さん、本当に下らないことなんですけど」
いつになく真剣な話ぶりだった。
「さきほどの飲み会の会計。三千円足りなかったんです」
「本当に下らないことなんですけどね」
「すごい小さいことなんですが」
結局、その三千円はわたしが後日補てんした。
(当時職場ではマイナーな存在だった、一人暮らしをしていたわたしが、である)
テメェの彼女に言えよ。
今でもそう言わなかったことを後悔している。
ちなみに先輩と藤堂はどうやら短い付き合いだったようで、先輩は奴とのことを完全に無かったものとして別の方と結婚し幸せな家庭を築いている。
藤堂は…
知らん。