とにちゃん
とにちゃんとは大学のオリエンテーションで知り合った。同じクラスの子で、クラスメイトの中では正直地味な方に見えたが、話してみるとノリも良く楽しい子であった。
彼女とはサークルも一緒で、何かと一緒に行動することが多かった、親友と言ってもいい仲だったと思っている。
彼女とは本当にいろんなことを話したし、サークルの合宿ではお互いのブラジャーをしあって盛り上がったこともあった(どういう状況で何が面白かったのかは不明)。
卒業したらしたで、大学の近くの実家に住んでいたとにちゃんと、就職で大学のあった県で一人暮らしを始めたわたしは頻繁に遊んでいた。
映画行ったり、ご飯食べたり、お互いに下戸だったから飲みには行かなかったけどその分カフェで閉店まで粘ったり。
お互いに彼氏が(ずっと)いなかったので、今思うと周りに彼氏ができたり結婚して遊ぶ相手がいなくなった時に気軽に誘いやすかったんだろう。
しかし、就職して2年後くらいにわたしに彼氏ができた。まともに付き合うのは初めての彼氏である。
正直、浮かれていたところもあるかもしれない。今思い出しても私の好み(小柄で可愛い顔立ち)にバッチリだったのだから。
もちろんとにちゃんにも彼氏ができたことは話したし、会わせることはついぞなかったけど、とにちゃんとは今まで通り遊びに誘ったりしていた。
だが。いつもの如く遊びのお誘いメールをしたあと、とにちゃんから返信がきた。
「もうえぐちゃんとは会いません。もっと今の仕事に自覚を持って下さい。」
そのメールを見た時、えええ〜っ!?と声が出てしまった。何のことかさっぱりわからなかったからである。
すぐに電話をすると、「…もしもし?」みたいな不機嫌なとにちゃんの声がした。
どうしたの、わたし何かした?と聞いたら、とにちゃんは丁寧に、淡々と、静かに怒りながら話してくれた。
どうやら少し前に会った時、私が仕事とは別のアルバイトを内緒でしていたことを面白おかしく話したことがあり、そのことで怒っていたようだ。
公務員とかではないし、そんなに厳しい職場ではなかったんだけど、一応有資格者の仕事であった上に、とにちゃんも同じ仕事をしていたことがあったから、わたしの不真面目な態度に怒っていたという。しかもそのあと彼氏できた〜とか呑気に報告されて、こっちの気も知らないで…と、半ば呆れていたと。
(ちなみにそのアルバイトはその時点では辞めていた)
わたしはぐうの音もでなかった。
そんな気持ちにさせてごめん、確かに仕事に対して誠実ではなかった、と謝ったが、とにちゃんはやはりもう会いたくないと言う。
わたしは引くしかなかった。
その夜、わたしは彼氏に電話した。親友を怒らせてしまったこと。時期が来たらあなたにも紹介したいと思っていたけど、それも叶わなかったこと。そしていけないのはわたしの方で、もうとにちゃんとは会えないのだということ…
滅多に涙を流さないわたしが、その時ばかりは号泣してしまっていた…
彼氏は相槌をうちながら聞いてくれて、「今日は少しお酒でも飲んで、ぐっすり眠ればいいよ」と言ってくれた。
(ちなみにその彼氏とは、1年と少し付き合ってから別れてしまった。わたしはまだ好きなままだったので、かなり引きずってしまったが、今となっては良い思い出である)
とにちゃんと絶交してから2年後。
共通の大学の先輩から結婚式の招待状が届いた。
仲良くしていた方で、とにちゃんと3人で会うこともあったほど。
先輩にお電話をすると、「江口ちゃん、とにちゃんと喧嘩してるんだってね。でも、とにちゃんが江口ちゃんに会いたがってるみたいだから…」と言っていた。どうやら、先輩ととにちゃんは先に連絡を取っていたらしい。
それをきっかけに、とにちゃんとはまた前のように遊ぶ仲になっていた。
結婚しお子さんが出来た先輩を訪ねて行ったり、お子さんを預けられる時は3人でカラオケ行ったり楽しく過ごした。
それから5年後くらい。わたしに後に旦那になる彼氏ができた。
その時もとにちゃんに報告し、紹介もしたと思う。その頃とにちゃんにも良い人が出来て、お互いに彼氏の話をして盛り上がったりしていた。
そこまでは良かったのだが…
そのさらに2年後。わたしがその彼氏と結婚するととにちゃんに報告すると、えっ…みたいな表情になった。
とにちゃんに一番にこのことを伝えたかったし、昔「いつか結婚式挙げる時は呼んでよね」なんてことも言ってたから絶対喜んでくれると思ったのに…
結果的に、とにちゃんは結婚式には先輩と一緒に出席してくれたし、受付も快く引き受けてくれた。
でも二次会は出ずに帰ってしまったし、その後一度だけ休みの日に電話をくれた時、何か悩んでる風だったので、「今からうちに来る?話聞くよ」と言ったけどのってこず、そのあと少し話していたら私の言葉に(なんて言ったかは忘れたが、大した事ではなかった)
「…えぐちゃん、それは違う。違うよ」
と言って話が終わってしまった。
それ以来もう電話がかかってくることも、わたしから連絡することもない。
年賀状はかろうじて出したけど、一年目は定形文みたいなメッセージが他人行儀に見えて、こりゃ来年は出さない方がいいなと思ったけど、ちょうど子どもが生まれたんでその報告だけでもともう一度年賀状をだしたが案の定返事はなかった。
わたしは争いが大の苦手で、友達を怒らせることはあっても喧嘩することはほとんどなかった。ほぼ言われっぱなしだったのである。
とにちゃんとの二度の絶交はそれはもうこたえた。
何がって、とにちゃんはずっとわたしを下に見ていたんだなと、やっとわかったからだ。
一度目の絶交の時は完全にわたしがいけないと思う、いや思っていた。調子に乗って不真面目にしていたわたしに身を呈して怒ってくれたのだから。
でも、今思うとそれよりも彼氏ができたことが気に食わなかったんじゃないだろうか。正当に怒る理由を言ってはいたけど。二度目も併せて、むしろ確信が持ててしまった。
とにちゃんの気持ちもわかる。
わたしも28〜32の時、周りが次々に結婚し始め、結婚式や二次会に呼ばれまくる時期があったのだが、後輩の二次会に参加した後、とてつもない疲労と哀しみに似た感情が押し寄せて来たのだ。
周りがどんどん年相応に家庭を築いていく中、わたしときたら…という、なんとも言えない虚無感。
自分は何も悪いことなどしていない。
毎日ちゃんと出勤して、ご飯を作って、食べて…むしろ真面目に生きてきただけだ。
なのに周りがどんどん変わっていく。
どんどん自分が置いていかれた気分になる…
でも、親友(だと思っていた)には祝ってもらえると、心から喜んでもらえると思っていた。
だけど違ったのだ。とにちゃんは自分と同じ境遇のわたしだから仲良くしていたのだ。「この子はどうせずっと一人なんだろう」と思っていたのだ。
それは悲しい気づきだった。出来れば一生気づきたくなかった。
たとえばとにちゃんが結婚すると言ったら、わたしは心からお祝いするつもりだった。
環境が変わっても、友達は友達だと思うから。
とにちゃんはあからさまだった。
「それは違うよ」との台詞を残し去っていったが、それはかなりお粗末なキレ方だった。
一度目の絶交の時みたいに、わたしに非があるわけではなかったので、無理矢理わたしから怒らせるワードを引き出そうとしていたように見えたから。
もうとにちゃんのことはいい。考えてみると、とにちゃんに言いたかったことを、わたしも伝えて来ていなかったのだから。
とにちゃんは実家を出て一人暮らしをしたい、といつも言っていた。でも、何年たってもそれを実行に移すことはなかった。結婚もいつかしたい、と言ってたけど、合コンに行ったり婚活する様子はなかったように見えた。
口ばっかりでなくて行動したら?と言ってあげれば良かった。それで怒らせて絶交になった方がよっぽど良かったかもしれない。
もうとにちゃんと会うことはないだろう、でもご祝儀もらったしな…なんて思い、3万円を現金書留でとにちゃんの実家に送りつけようかな、などという考えがよぎったが、やめることにした。
今ではとにちゃんがどうしているか知る由もない。たまに大学の別の友達にとにちゃんのことを聞かれても、「…多分、相変わらずだと思うよ」としか言うことができないわたしがいる。