ゆうちん
小学校中学年。たしか3年生くらいか。
幼稚園まで一番背の高かったわたしは、入学と同時にどんどん身長を周りに抜かされていき、それでも体格の良さは学年2位を誇っていた(わたしより太った男子が1人だけいたから)。
男子とは軽口もちょっとした口げんかもできるのに、女子には言い返せない、相変わらず根性なしのわたしは、ゆうちんという女の子と仲良くなった。
放課後よくゆうちんのお家に遊びに行っては漫画を読んだり宿題をしたり遊んだりした気がする。
それなりに楽しい毎日だったが、ゆうちんもなかなか癖のある子だった。
承認欲求が強い割にやり方が下手くそだったり(結構なショートヘアなのに無理やり前髪をヘアゴムでくくってきて他の女子をざわつかせていた)、クラスの派手なグループの子にはヘコヘコするけどわたしのような奴には威張ったり、気分屋でよくわからんタイミングで泣き出して周囲を困らせたり。
そんなゆうちんは隣町にあった、スケートリンクの教室に通っていて(フィギュアとかでは全然ない)、わたしにも一緒に習わないかと誘ってきたのだ。
わたしは当時同じ曜日(土曜日の午後)に既に他の習い事をしていたが、仲良しのゆうちんに誘われすっかり嬉しくなり、母に相談すると「…本気のやつじゃないものね、お遊びよね」みたいなことを言ってはいたが、なんとか了承してくれて、晴れてわたしもスケートを習うことに。
それからは土曜日は忙しくなった。
学校から帰ってお昼を食べたら(まだ半ドンだったのだ)バスで隣町の習い事へ。
共働きだった母に迎えに来てもらい、一旦帰宅したらまた反対方向の隣町のスケートリンクまで送ってもらう。
レッスンはたしか7時〜8時だった気がするので、夕飯はその後食べていたのかしら。
こんなに苦労して通っていたけど、別にスケートが楽しかった訳じゃなかった。ゆうちんの完全なるお付き合いだった。
しかしそんなうちの状況も知らず、ゆうちんは段々厳しくなっていった。
母は教員だったため、学校行事や会議によっては帰宅時間が異なり、スケートの時間に間に合わなくなることもあったが、そんな時ゆうちんはあからさまに嫌な顔をした。一度なんて母がどうしてもスケートの送りに行けない、という日があり、わたしは学校でゆうちんに「今日はスケート行けないかもしれない…お母さん仕事で遅くなって送ってもらえなくて…」と事前に説明しておいたのだが、やっぱり嫌な顔をして「えー来てよ」みたいなことをぶつくさ言っていた。わたしの力じゃどうにも出来ないことなのに。
そこではっきり言えないわたしは、なんとかしてでもスケートに行きたい!(好きじゃないけど)ゆうちんに会いたい!(学校でも会ってるけど)という気持ちが湧いてきて、会議が終わり急いで帰宅してきた母に頼み込んでスケート場まで送ってもらった。
その時七時半。スケート場についたのはレッスンの終わる、8時だった。
レッスン終了の挨拶をする中、「遅くなりました〜!」と無駄にニコニコしながら駆け寄るわたしと母。え〜?よくきたね!の周囲の声に母は「少しでもやる気を見せようと思いまして」みたいなことをこれまたニコニコしながら言っていた。
レッスンは終わってしまったが、せっかくなのでゆうちんとリンクを一周することに。
良かった〜来れた〜!とホッとしながら、ゆうちんとならんで気持ちよく滑っていると、お迎えの親御さんやら先生がいる場所から一番遠くまで来た時、
「私、待ってたんだからね」
ゆうちんがわたしを睨みながら一言だけ言った。それはねーだろよと今でなら思うのだが、その時は何とか来れた!という達成感でわたしはそれでもニコニコしていた。
その年の年末。
スケートのレッスン内でクリスマスパーティーが開かれることになった。
その日はレッスンはなく、リンク脇の支度部屋を飾り付け、お菓子やらジュースやらちょっとしたプレゼントが用意され、スケートなんて別に好きじゃなかったわたしもウキウキしていた。
でも、なぜかゆうちんはその日たいそう不機嫌で、話しかけてもつれなかった。
せっかくのパーティーなのに〜と思いつつ、ゆうちんの隣に座っていたら、「あっちの席行ったら?」とわたしの顔も見ずに一言。
え…?
そこで何も言い返せないチキンなわたしは、ゆうちんにいわれた通り、離れた所に座った。その直後、他の学校の子に「〇〇ちゃん、ここ空いてるよ〜」と声をかけ、さっきまでわたしが座っていた所に他の子をまねいていたのだ…
そこからはパーティー中の記憶がマジでない。
覚えているのは、帰宅して夕飯後、母に泣きながらこの事を話したこと。そして(一応教育者として自分の子に厳しかった)母が「もしかしてゆうちんって性格良くないんじゃないの…?」と、今思うと割とストレートな怒りを言葉にしていたことだ。
その後スケートは普通に通っていたが、わたしも他の学校のレッスン生とも話すようになると、その子たちからある日急に「今日、ゆうちんのこと無視して」と言われて「レッスンの後、ゆうちんとお出かけする予定があるから、無視するのは難しいと思う。でもできるだけ無視するね」と訳のわからない(でも出掛けるのは本当だった)ことを返してその子たちをポカーンとさせたりしているうちに、ゆうちんが何処にいてもめんどくせー女で、スケートレッスンの子たちと馴染めなかったからわたしを誘ったにすぎないということが(やっと)わかってきたと同時に辞めた。
ゆうちんとは中学になってから(やはり誘われて)当時流行っていた交換日記をしたりしていたが、大して書くこともなく、わたしから部活や勉強が忙しくなったからやめにしようと言うとゆうちんは少し黙ったけど「…うん」と同意し、短期間で交換日記を終えた。
30歳になる年、地元で大きな同窓会が開かれ、ゆうちんに会った。小学校の頃よりも更にベリーショートになっていて一瞬躊躇してしまったのをなんとか顔に出さないようにして他愛もない挨拶をする。近況を聞くと、どうやらバツイチだが、数日前に二度目の入籍をしたらしい。「ちょっと〜わたしなんて一度も結婚したことないのに、なんで2回も結婚できるのよ〜!」なんていうリップサービスをかましつつ束の間の再会を懐かしんだが、更に数年後、地元の花火大会でゆうちんとそのご家族を見かけた時は、何故かあっ…居る…くらいで声をかけなかった。
一緒にいた妹が気づき「お姉ちゃん、あれゆうちん先輩じゃない?!ほら!」と言っていたが
「あ…うん」
と妙に歯切れの悪い返事しか出来ないくらいには、わたしの中でゆうちんはどうでもいい存在になっていたようだ。